障害年金は、病気やけがによって生活や就労に支障をきたしている方を支えるための制度です。しかし、障害年金の申請をためらっていたり、制度の存在を知らなかったりして、必要な手続きを行わないまま年月が過ぎてしまったという声も少なくありません。
そのような場合でも、ある一定の条件を満たすことで、過去にさかのぼって障害年金を受け取ることができる可能性があります。それが「遡及請求(そきゅうせいきゅう)」と呼ばれる制度です。本記事では、障害年金の遡及請求の仕組みや手続きの流れ、注意点などを、社会保険労務士の視点からわかりやすく解説します。
遡及請求とは?
遡及請求とは、障害年金の請求が遅れた場合に、障害認定日(初診日から原則1年6か月後)にさかのぼって受給権があったことを証明し、過去の分の年金を一括で受け取るための請求手続きのことです。つまり、本来ならもっと早くから受給できていたはずの年金を「取り戻す」ための制度です。
この遡及請求によって認められる金額は、障害の状態や等級、遡及できる年数などによって異なりますが、最大で5年間分の年金がまとめて支払われる可能性があります。
遡及請求ができる条件
遡及請求を行うには、いくつかの条件を満たす必要があります。以下の3点は特に重要です。
1. 障害認定日にすでに障害の状態があったこと
障害認定日とは、初診日から起算して1年6か月が経過した日、もしくはその前に障害が固定された日(人工透析開始、手術など)を指します。この時点で障害等級(原則1級または2級)に該当する障害の状態にあったことが必要です。
2. 障害認定日時点の診断書を入手できること
遡及請求において最も重要な書類が、障害認定日時点の診断書です。この診断書によって、当時の障害の状態を証明することが求められます。しかし、診断書は原則として当時診察していた医師に依頼して作成してもらう必要があります。医療機関によっては記録が残っていないこともあるため、準備には時間がかかることがあります。
3. 初診日が年金加入中で、保険料納付要件を満たしていること
障害年金の受給には、初診日が年金制度(国民年金または厚生年金)に加入している期間中であること、かつ所定の保険料納付要件を満たしていることが前提です。初診日の前日時点で以下のどちらかの条件を満たしている必要があります。
- 加入期間のうち、3分の2以上が保険料納付済または免除
- 初診日の属する月の前々月までの1年間に保険料の未納がない(特例)
この条件を満たしていない場合は、遡及請求を行っても認められません。
遡及請求で認められる年数と支給対象期間
遡及請求が認められるのは、障害認定日から最大で5年間の範囲です。これは「時効」の制度に基づいています。
たとえば、障害認定日が2017年5月1日で、2023年6月に遡及請求を行った場合、さかのぼれるのは2018年6月分までとなります。つまり、障害認定日から実際の請求日までが6年以上経っていたとしても、支給対象となるのは過去5年分までということになります。
なお、請求書を提出した月の翌月分からの支給となるため、実際には「請求月-1か月」から5年前までが対象となる点に注意が必要です。
遡及請求の手続きの流れ
遡及請求は、一般的な障害年金の申請と同様に、以下のような流れで進めていきます。
1. 初診日の確認と証明
まず、どの病気やけがが障害の原因となったのかを特定し、その初診日を明確にします。この初診日が障害年金の審査における起点となるため、診療記録、受診状況等証明書、健康保険の記録などを使って証明します。
2. 医療機関で障害認定日時点の診断書を作成
次に、障害認定日時点(原則として初診日から1年6か月後)での状態を示す診断書を、当時の主治医または医療機関に依頼して作成してもらいます。障害年金用の様式を使用し、日常生活や就労への影響を詳細に記載してもらうことが重要です。
3. 現在の障害状態に関する診断書も提出(事後重症用)
遡及請求の場合でも、現在の障害の程度もあわせて確認されるため、現時点の診断書も必要です。これにより、今後の障害年金の継続支給が検討されます。
4. 病歴・就労状況等申立書の作成
初診日から現在までの病歴、生活の困難さ、就労状況などを自分で時系列に記載します。障害の影響がどのように変化してきたか、どのような日常生活の制限があるかをできる限り具体的に記述します。
5. その他必要書類を揃えて提出
- 年金請求書
- 初診日の証明書類
- 戸籍謄本や住民票(必要な場合)
- 通帳コピーなどの振込先情報
これらをまとめて、最寄りの年金事務所に提出します。提出前には書類に不備がないか、職員にチェックしてもらうと安心です。
6. 審査と支給決定
書類提出後、審査が行われ、支給が認められた場合には、過去分の障害年金が一括で支払われます。審査には2~5か月程度かかることが一般的です。
遡及請求の際の注意点
診断書の取得が困難な場合がある
障害認定日から時間が経っていると、カルテの保存期限が過ぎていて記録が残っていないことがあります。その場合、診断書を作成してもらえない、あるいは簡易な内容しか書いてもらえないことがあります。
審査には時間がかかることもある
遡及請求では、複数の診断書が必要になるほか、審査の範囲も広いため、通常の障害年金請求より審査に時間がかかる場合があります。審査の進捗は、年金事務所に問い合わせることで確認することができます。
自分での手続きが難しいと感じたら専門家に相談を
遡及請求は書類の数も多く、制度の理解が必要な手続きです。初めて行う方にとっては複雑に感じることもあるため、社会保険労務士などの専門家に相談しながら進めることも一つの選択肢です。
まとめ
障害年金の遡及請求は、過去にさかのぼって年金を受け取ることができる制度であり、申請が遅れてしまった方にとって大きな支えとなる可能性があります。ただし、必要な条件や手続きがあり、診断書の取得や初診日の証明など、事前の準備が非常に重要です。
ご自身やご家族の状況に照らし合わせながら、制度を正しく理解し、適切なタイミングでの手続きを進めることが、より安心した生活につながります。困ったときや不安なときは、年金事務所や社会保険労務士などの専門機関を活用して、正確な情報とサポートを得るようにしましょう。
障害年金に関する相談はどこにする?おすすめの相談先も紹介!
障害年金に関する相談先は、一般的には、障害年金相談センターや市区町村役場の社会福祉課などがあります。これらの相談先では、障害年金に関する手続きや受給資格などについて詳しく教えてくれるだけでなく、具体的な申請方法や書類の提出方法なども教えてくれます。ここでは、おすすめの相談先を5つほどご紹介いたします。